お知らせ
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2017.08.23
『いのちありて』学徒勤労動員の記録
伊那高等女学校33回生が在学中は太平洋戦争の真っただ中にあり、昭和19年「女子挺身隊勤労令」の公布によって、4年生270名がゼロ戦を製造していた名古屋の軍需工場へ派遣されました。そこで空爆にあい命を落とした飯島米子さん(当時16歳)。
また芝浦タービン辰野工場へ出動していた高女31回生の北原エイ子さんも作業中に大火傷を負い亡くなりました。
わずか15.16歳の少女たちが親元を離れ、厳しい集団生活に耐えながら常に死の恐怖にされされていた事実…世代を超えて語り継いでいかなければなりません。
同窓会では次の資料を保存しています。ご希望の方はご連絡ください。
○百年の歩み | (創立百周年記念誌) |
○いのちありて 第1集、第2集 | (記録集) |
○いのちありて-伊那高女学徒勤労動員の記録 | (後藤俊夫監督ドキュメン タリ-映画DVD) |